横浜市立学校では、学校のトイレ清掃は1970年代以降校務員の仕事と位置づけられてきました。しかし2010年度以降、児童・生徒による清掃に切り替えることを決めました。


 2009年度にモデル校を指定して試行実施し、2010年度以降全市立学校(特別支援学校除く)で本格導入するということです。市教委の導入の根拠としては、以下のような内容が報じられています。
トイレという共有スペースの便器や床、ドア、ノブなどを掃除することで、物を大切にする心や規範意識を養おうという狙い。少子化の影響からか、個人中心の考え方をしがちな子どもが増えているため、「公共の精神」を育てる目的もあるという。
(神奈川新聞 2008/11/5『横浜市立学校、トイレ清掃復活へ/10年度から全校実施/教職員から賛否両論』)

 一方で現場の教職員らからは、「公共の精神や規範意識が養えるのか疑問」「感染症などのおそれがある」などとして導入に消極的な意見も出ています。
 確かに、行政側が「規範意識」「公共の精神」を持ち出す場合はたいてい反動的な意図を持っているので、教職員が警戒するのもありえることだといえます。また近年、「素手・素足でのトイレ清掃」を掲げた、精神主義的で怪しげなカルトまがいの運動が一部で提唱され、一部の学校での「実践例」も報告されていることから、そういった角度からも警戒してしまうのも無理はないかもしれません。
 その一方で、身の回りのもの・使用したものを整理整頓したり清潔に保つというのは、反動的な意図を持った「規範意識」「公共の精神」とは関係無しに、民主主義社会にとって望ましい立場からの社会規範としても重要なことだといえます。反動的な意図を持った主張には十二分に注意しながらも、もっと深く議論されるべき問題だといえます。
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